【箱根駅伝の歴史】始まりはクーベルタンが招待したオリンピック!

こんにちは、みかづきです^^

今回は「近代オリンピック父:クーベルタン」について解説します。

クーベルタンは、「近代オリンピックの父」と呼ばれ、近代オリンピックの開催とその運営に大きな貢献しました。

そんなクーベルタンが、オリンピックのマラソン代表として金栗四三選手を招待したことにより、日本のスポーツが大きく変わりました。

その波で、箱根駅伝が誕生したのです!

この記事では、著書「金栗四三(著:佐山和夫)」を参考にさせて頂きました。

それでは、10年以上ランニングを続けている筆者が、クーベルタンや日本のスポーツとの関わりについて解説します。

目次

クーベルタンについて

  • 1863年生まれ。
  • 本名は「ピエール・ド・クーベルタン」
  • 運動神経抜群(フェンシング、ボクシングなど)
  • ストックホルム・オリンピックに初の日本選手を招待
    →このとき招待された内の1人「金栗四三」選手が箱根駅伝を考案
  • 近代オリンピックの再興に奮闘

小さい頃からスポーツは何でもでき、射撃に関してはフランスのチャンピオンに7回もなりました。

フランスにラグビー熱を起こしたのは、彼がイギリスから持ち帰ってきたからだとされているほどです。

オリンピックの再興

クーベルタンには1つの明確な目標がありました。

それは、”フランスを世界で最も優れた国”にすることです。

当時のフランスは経済的にも軍事的にも優れておらず、戦争にも負けていた状態でした。

そんなフランスを、鍛え直そうとしたのです!

そうしてフランス国内だけでなく、イギリス、カナダ、アメリカへと調査の範囲を広めていきました。

そうして考えをまとめていった結果、オリンピックの再興を考案したのです。

第1回オリンピックについて

1900年にパリで万国博覧会が開かれるという話を聞いたとき、クーベルタンは「これだ!」と確信したそうです。

それは、万博とオリンピックを1つのものにすることです。

そうして話を広めたり、国際オリンピック委員会を設立したりし、第1回オリンピックをどこで開催するかが問題となりました。

第1回というだけあり、多くの国が自国での開催を希望したそうです。

クーベルタンの意見としてはやはりパリを押していましたが、古代オリンピックの再興という意味もあり、アテネとなりました。

また、決議での結果で時期も1896年に。

そうして決まった第1回オリンピックは13カ国参加し、無事に成功しました。

成功の要因はなんと最終日のマラソンで、開催国のギリシャが1位・2位でフィニッシュ。

劇的なフィナーレで幕を閉じることができました。

第2回・第3回オリンピックは不発

第2回のパリ・第3回のアメリカでのオリンピックは、出場人数の規模は増えたにもかかわず不発に終わりました。

その原因となるのが、万博とオリンピックを結びつけたことでした。

オリンピックが万博の付属品のような形になり、それほど大きな盛り上がりにはなりませんでした。

クーベルタンの名言

第4回大会は1908年にパリで開かれ、このときにクーベルタンの有名な名言が生まれました。

「勝ったか負けたかではなく、いかに戦ったかだ。」

ピエール・ド・クーベルタン

これは400mの決勝で、ラストスパートでイギリスの選手が前のアメリカの選手を抜こうとしたとき、アメリカの選手が肩で妨害。

結果的に、再レースで決着をつけることになりました。

しかし、その再レースにアメリカの選手は参加せず、イギリスの選手が1人で走って優勝となりました。

このレースから、上記の名言が生まれたそうですね。

第5回大会で日本人選手を招待

第4回大会も含めて雲行きの怪しいオリンピックを立て直すために、新しい国を招待することにクーベルタンは決めました。

そしてそのときに、招待されたのが日本だったと考えられています。

クーベルタンがオリンピックに日本人選手を招待したことは、日本の陸上競技、特に長距離種目の飛躍大きく繋がっています。

その飛躍の過程で、1920年に第1回大会とされる箱根駅伝も誕生しました。

また、箱根駅伝だけなく、地域のマラソン大会や強化合宿なども開催されるようになりました。

  • クーベルタンが日本人選手を招待
  • 日本でオリンピック予選会が開催
  • 金栗四三がマラソン代表内定
  • オリンピックで世界との差を知る
  • 日本の長距離・スポーツの強化を決意
  • 箱根駅伝やマラソン大会の誕生

「日本の長距離界だけなくスポーツ全体を強化しなければならい」

このような決断をした金栗四三選手などを生み出したのは、オリンピックに日本人選手が招待されたからだと思います。

そして、世界でも戦えるマラソン(長距離選手)を出すために、箱根駅伝などが企画されました。

今後、箱根駅伝からオリンピックでメダル候補となる選手が生まれることに期待しておきましょう!!!

クーベルタンからオリンピックに招待され、箱根駅伝を生んだ「金栗四三さん」については次の記事で詳しく解説しています。

おわりです^^

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このブログを運営している人

ランニングが身体の一部になっている「みかづき(筆者)」です。

市民ランナーとして普段は走っており、記事の中で出てくる「筆者」として記事を制作しています。このメディアを通して、少しでもランニングに関する悩みを解決したいと思っております。

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